高精細ディスプレイのためのフォトニクスポリマーの開発
20年ほど前までは、ディスプレイを斜めから見ると色あせて見えることがありました。これは、ディスプレイの偏光板保護シートの「複屈折」によるものでした。これに対し、現在の液晶テレビ(ディスプレイ)の多くには、小池教授が1995年に取得した基本特許に基づくゼロ複屈折ポリマーが使われています。このゼロ複屈折ポリマーの技術により、光漏れや虹むらのない高品質な画像表示が達成されています。
また、2009年には、逆転の発想で、複屈折を極めて大きくした超複屈折ポリマーフィルムも発明しました。安価ですが複屈折が大きいという問題のあったPETフィルムを大きく延伸することにより、実質虹むらが消失したのです。現在、この超複屈折ポリマーフィルムも液晶テレビなどのディスプレイに広く採用されています。
さらに、近年では、よりリアルな色を再現できるランダム偏光フィルムを提案しています。現在の液晶ディスプレイや有機ELディスプレイは、偏光板を通して出射される偏光による色変化や、偏光サングラスを通してみると画面が見えなくなるブラックアウト問題が生じてしまいます。ランダム偏光フィルムは、「偏光」を「自然光」に変換するという究極の原理に基づき、リアルカラーディスプレイを実現します。
このように、本テーマでは、フォトニクスポリマーを駆使した様々な光学フィルム・バックライト・粘着剤(「光散乱導光ポリマー」、「ゼロ複屈折ポリマーおよびゼロ・ゼロ複屈折ポリマー」、「ランダム偏光フィルム」)の開発を行ってきました。
日本から大きく発展したディスプレイ業界は、熾烈な国際競争の結果、特にテレビ、スマートフォンなどの川下において、多くのシェアを海外企業が占める状況となっています。その一方で、ディスプレイの優れた画質・性能は、バックライト、偏光板、光学フィルムなどの多くの部材により実現しています。これらの部材の性能向上により、ディスプレイの画質・性能をさらに向上させることが、日本の部材メーカーおよびディスプレイ産業のこれからの国際競争力強化につながると考えています。KPRIでは、フォトニクスポリマーを駆使して個々の部材の性能を向上させ、さらにディスプレイ全体を視野に入れた「トータル設計」を行うことで、世界最高水準の高精細リアルカラーディスプレイシステムの実現を目指しています。
最近の研究成果
トリプルゼロ複屈折ポリマー
トリプルゼロ複屈折ポリマー (Triple-Zero Birefringence Polymer, TZBP) は、光弾性複屈折と配向複屈折がゼロであるだけでなく、配向複屈折の温度依存性も非常に小さいポリマーです。左の図は応力が加わった状況でも光弾性複屈折がほとんどゼロであることを示しています。中央の図はポリマー主鎖が配向しても配向複屈折がほとんどゼロであることを示しています。右の図は-30~75°Cの幅広い温度領域にわたって固有複屈折(配向複屈折)がゼロであることを示しています。さらに今回開発したトリプルゼロ複屈折ポリマーは、高い耐熱性と透明性も有しています。これらの優れた特性を有するトリプルゼロ複屈折ポリマーは、ディスプレイの偏光板保護フィルム、スマートフォンやVRシステムに使用されるレンズ等としての応用が期待されます。
関連する主な論文
ランダム偏光フィルム
現在使用されている液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイの多くには偏光板が使用されているため、直線偏光が出射されます。このため、液晶、有機ELディスプレイを偏光サングラスで見た際には画面が全く見えなくなるブラックアウト問題が生じます。このブラックアウト問題を解決するため、直線偏光を円偏光に変換する4分の1波長板を用いる方法が採用されていますが、既存の4分の1波長板には色変化を生じさせるという課題があります。色変化を生じさせることなく、ブラックアウト問題を解消するため、直線偏光を自然光のようなランダム偏光に変換するランダム偏光フィルム (Random Depolarization Film, RDF) を開発しました。「偏光」を「自然光」に変換し、リアルカラーディスプレイを実現するRDFは、デジタルサイネージや自動車のインストルメントパネル等、屋外の様々なディスプレイへの応用が期待されます。
ゼロ複屈折ポリマーによる新規プラスチックフィルムの開発
ゼロ複屈折ポリマーを用いた溶融押出法による高効率なフィルムの製造を実現させ、低コスト、かつ世界最高性能のフィルムを提供することを目指します。
+ 複屈折のメカニズム
配向複屈折
ポリマー主鎖の配向にともない、モノマーユニットのもつ分極率異方性がマクロに現れることで生じる複屈折
光弾性複屈折
ポリマーが弾性変形し、応力が印加された際に生じる複屈折
+ ゼロ・ゼロ複屈折ポリマーの設計
分極率異方性の異なるモノマーの共重合により、ポリマー鎖内で異方性を打ち消すことで、複屈折をゼロにします。(ランダム共重合法)
右記の連立方程式を条件Δn0 = C = 0 の下で解くことで、2種類の複屈折を同時にゼロにしたゼロ・ゼロ複屈折ポリマーを作製しました。 これまで困難だった射出・押出成形法に応用できると期待されます。
[1] A. Tagaya, Y. Koike, et al. Macromolecules, 39, 3019-3023 (2006)
+ 射出成形品の複屈折
汎用的なポリマー材料は射出成形時に複屈折が生じます。ゼロ・ゼロ複屈折ポリマーは両複屈折が精度よく消去されているため、複屈折に起因する光漏れが観察されません。
+ 押出成形フィルム
生産効率の高い溶融押出法へ利用してLCD用光学フィルムを製造することで、高画質なLCDを低価格で実現できると期待されています。
押出成形フィルムの観察(右)
通常のポリマーフィルムでは、複屈折による光漏れ・色むらが観察されます。 (写真左)
ゼロ・ゼロ複屈折ポリマーでは、光漏れが生じず「黒」が観察されます。 (写真右)
光散乱導光ポリマーによる薄型・低消費電力バックライトの開発
光を高効率に散乱し、高品位な照射光を作り出すことができる「光散乱導光ポリマー」を用いた薄型・低消費電力バックライトの開発を行っています。激しく変化する液晶ディスプレイ分野において、高性能かつニーズにあったバックライトを目指します。
+ HSOT Polymer バックライト
+ KPRIが提案する新規液晶ディスプレイ
従来方式
従来は液晶層を斜めに通過する光が受ける複屈折を位相差フィルムで補償し、広視野角化していた。
新規方式
新規方式ではHSOT Polymerをバックライトとフィルムに応用することで、見る方向による色の変化が小さいLCDとなる。
参考文献:A.Tagaya and Y.Koike, SID Symp. Dig. Tech. Pap., Vol.43, 737(2012)