超高速プラスチック光ファイバーの開発
新規フォトニクスポリマーを用いた革新的連続押出法により、超高速屈折率分布型プラスチック光ファイバーを開発する。
本研究開発委を支えるコア技術は、小池教授の30年に亘る光と高分子の基礎研究の成果を基に生まれた世界最速の屈折率分布型プラスチック光ファイバー(GI型POF)です。
KPRIでは、遠隔地の友人や家族と臨場感あふれる映像で対話することができる、いつでも個と個がつながる安心して過ごせる社会づくりへの貢献を目指し、家庭内、建物内にこのGI型POFを敷設し、日本の隅々まで光の情報通信網を張り巡らせる「光の毛細管」を提案しています。
現在、家の外までは既存のガラス光ファイバーが整備されていますが、家の中になるとメタルのケーブルが主流です。より高速で大容量の情報通信網を構築する為には、家の中まで光ネットワークを張り巡らせる必要があります。そのために検討されている細径のガラスの光ファイバーは、接続部分の高精度なアラインメントが必要となり、高コストであることが普及への主な障壁となっています。これに対し、GI型POFはその素材の特性から、柔軟性に富み、折れにくく、大口径であることから取扱いが容易であり、高精度なアラインメントを必要としません。現在、このGI型POFが家庭内の高速光通信媒体の有力候補として大きな注目を浴びています。本研究課題では、GI型POFの特性を最大限に引き出すため、材料設計から製造技術まで一連の開発を行っています。
最近の研究成果
エラーフリーPOF(プラスチック光ファイバ)
AI、IoT 時代の到来により、サーバーやコンピュータ機器において大容量かつ高品質のデータ通信が当たり前に求められていますが、信号の高速化に伴ってデータを誤りなく伝送することが困難となっています。現行の多くの通信システムでは、伝送時に生じる誤データを補正するためにFEC(Forward Error Correction)に代表される誤り訂正機能や波形整形回路が用いられていますが、これらの信号処理によって通信システムの消費電力や通信遅延が増大することが大きな問題となっています。
今回開発したエラーフリーPOF(プラスチック光ファイバ)は、通信システムにおける誤り訂正機能や波形整形回路を不要とするものであり、発熱、遅延、コストの問題を一気に解決することができます。
特に、ChatGPTに代表される生成AIの急速な拡大により、データセンターにおける消費電力、発熱、通信遅延の問題は喫緊の課題となっており、エラーフリーPOFは次世代データセンターのキーテクノロジーとなる可能性を秘めています。
本成果は、2021年9月に慶應義塾よりプレスリリースされ、NHKニュースや日本経済新聞等のメディアでも報道されました。
また、2023年3月の米国物理学会(American Physical Society:APS)のハイライトトピックスに選出され、エラーフリーPOFの紹介ビデオがAPS TVのYouTubeチャンネルにて公開されています。
関連する主な論文
・ Y. Koike and K. Muramoto, Opt. Lett., 46, 3709 (2021).
+ 屈折率分布型プラスチック光ファイバー(GI型POF)とは?
光ファイバーは同心円上の2層の誘電体材料からなっており、屈折率の高いコア領域をコアよりも屈折率の低い別材料からなるクラッドが覆う構造となっています。また、石英系光ファイバーにおいては、ファイバー中を伝搬できるモードが一つしかないシングルモードファイバー(SMF)と複数のモードが伝搬できるマルチモードファイバー(MMF)に大別されます。一方、現在使用されているPOFのほとんどはMMFです。
MMFはさらに、コア部の屈折率が均一なステップインデックス型(SI型)POFと屈折率が徐々に変化するGI型POFに大別されます。SI型POFでは大きなモード分散により出射パルスが時間的に広がってしまいますが、GI型POFでは入射パルスとほとんど変わらない出射パルスが得られ、高速通信が可能です。
従来型石英系シングルモードファイバー
- 長所
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- 10 Tb/s以上の高速通信が可能
- 長距離幹線系に対応
- 短所
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- 高価なコネクター、レンズ系を必要とし、結果として敷設コストも高い
- 石英材料はその機会特性により大口径化は困難
幹線系はすべてシングルモードファイバーである
一般的プラスチック光ファイバー(SI型POF)
- 長所
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- 低価格
- 大口径化のため取り扱いが容易
- 電磁ノイズの影響を受けにくい
- 短所
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- 1ギガビット以下の低速
- 10 ~ 100m以下の短距離でのみ利用可能
ヨーロッパの自動車では車載LAN用媒体として利用
超高速GI型プラスチック光ファイバー(GI型POF)
- 石英系マルチモードファイバーを超える高速伝送(40Gb/s@1.55μm)が可能であることを実証
- 曲げ損失の大幅な改善がみられ、住宅内ケーブルとして期待
- オフィス、マンション、病院、大学LANのインフラとして導入可能
- 家庭内用LANケーブルとしても期待
取扱いが簡単
結んだ状態でも伝送可能
小池研究室では、2008年に溶融押出法により作製された全フッ素化GI型POFを用いて、100mで40Gbpsの高速伝送実験に成功しました。全フッ素化ポリマーはPMMAなど他のポリマーに比べ低い伝送損失を実現できます。また、屈折率の波長依存性が小さいため、光ファイバーの伝送可能速度の制限要因となる材料分散がPMMAやガラスよりも小さいという材料の本質的特性を持っています。すなわち本質的に広い波長範囲で高速通信が可能となります。
ECOC2008(Brussels, Belgium), We.2.A.4.
+ 小池研究室で開発したGI型POFの連続溶融押出法
連続溶融押出法は、クラッドと高屈折率ドーパントを含むコアのプラスチックを別々に溶融させて同心円状に押出成形し融着させ加熱することで、ドーパントを拡散させ屈折率分布を形成します。この方法では、材料となるプラスチックを供給することで、原理的に半永久的に連続生産が可能です。
FIRSTプログラムでの研究成果
+ GI型POF連続押出プロセスによる大量生産技術の開発
拡散係数がドーパント濃度に依存し、また、移流拡散を考慮せねばならないことから従来のフィックの拡散理論をそのまま適用することはできません。我々は、ドーパントとポリマーマトリクスの相互作用による拡散係数の濃度依存性を明らかにし、移流拡散を考慮に入れた極めて現実的な屈折率分布制御技術を確立することができました。これにより、本押出装置による最適条件(最適拡散温度、最適拡散管長etc.)を定量的に求めることが可能となりました。
大口径GI型POF用の低コストポリマーの部分ハロゲン化によりCH振動吸収による伝送損失の低減に成功し、 低コストと低損失性を両立するポリマー材料を開発しました。アクリル系樹脂とその他の樹脂を共重合することで熱分解特性や機械特性を大幅に改善し、連続溶融押出法を用いた量産を可能にし、生産コストを抑制することに成功しました。
+ Radio over Fiber(RoF)伝送技術の確立
新規GI型POFによりモード雑音が実質存在しないRadio over Fiber(RoF)伝送に成功しました。マルチモード光ファイバーは、本質的にモード雑音のため、今注目されているRoFには不向きであると考えられていますが、本研究成果はそれをくつがえすものであり、光通信業界関係者に大きなインパクトを与えています。この詳細は、2012年9月に開催された国際会議POF2012の基調講演ならびにECOC2012での招待講演にて初めて報告されました。
全フッ素化ポリマーによる超高速GI型POFを用いた10Gbps伝送の光HDMIケーブルを開発しています。試作された光電気複合HDMIケーブルは、GI型POF両端においてO/E変換を行うため、従来からのHDMI端子にそのまま差し込むだけで光伝送が可能となるものであり、GI型POFの実用化へ向けた大きな一歩となっています。今後はオールオプティカルケーブルの試作、実用化を目指します。
これらの研究成果に関連する主要な論文・特許
- N. Schlepple, M. Nishigaki, H. Uemura, H. Futuyama, Y. Sugizaki, H. Shibata, and Y. Koike, IEEE Photon. Technol. Lett. Vol. 24, No.19, pp. 1670-1672, 2012.
- 特許1件出願中